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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)33号 判決 1992年11月19日

東京都中央区日本橋三丁目七番二〇号

原告

日本ピー・エム・シー株式会社

(旧商号 デイツク・ハーキユレス株式会社)

右代表者代表取締役

川井一行

右訴訟代理人弁理士

佐野忠

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

麻生渡

右指定代理人

井出隆一

竹内浩二

加藤公清

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が平成一年審判第一四九八九号事件について平成二年一一月一五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五五年五月三〇日、名称を「ロジン系エマルジヨンサイズ剤」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五五年特許願第七一三六五号)をしたところ、平成一年八月二二日、拒絶査定を受けたので、同年九月一九日、審判を請求し、同年審判第一四九八九号事件として審理されたが、平成二年一一月一五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、平成三年一月三〇日、原告に送達された。

二  本願発明の要旨

主成分として、約二二ないし五〇重量%の強化ロジンと約二ないし二〇重量%の両性もしくはカチオン性ポリアクリルアミド樹脂または両性もしくはカチオン性ポリメタクリルアミド樹脂と、さらに水とを含んで成るロジン系エマルジヨンサイズ剤

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

2  一方、昭和五二年特許出願公開第一一〇四号公報(以下「引用例」という。)には、ロジンアダクトを水不溶性溶媒に分散させ、ついで保護コロイドと水とを用い、さらに乳化機を使用して強制乳化し、ついで水不溶性溶媒を除去して五μ以下のエマルジヨンにすること、及び、前記保護コロイドとしては、ノニオン性又はアニオン性ポリアクリルアミド、カチオン性のものとして、ポリアクリルアミドポリエチレンイミン反応物のエビクロルヒドリン変性物が記載されている(四頁右上欄)。

3  本願発明と引用例記載の技術内容とを対比すると、主成分として強化ロジンと、変性ポリアクリルアミド樹脂と、さらに水とを含んで成るロジン系エマルジヨンサイズ剤である点で一致し、ただ、変性ポリアクリルアミド樹脂として、本願発明のものが両性若しくはカチオン性であるのに対して、引用例記載のものはノニオン性又はアニオン性である点で相違していると認められる。

4  右相違点について検討する。

前記のとおり、引用例中には、適用物質そのものは異なるが、各種のイオン性のものを保護コロイドとして用いる旨教示されているばかりではなく、本願発明においても、出願当初の明細書をみれば、「そのイオン性はアニオン性、カチオン性あるいはアニオンとカチオンとの両イオン性を併せ有したいわゆる両性のもの、さらに場合によつては非イオン性のものであつてもよいが・・・・」(九頁九行ないし一二行)とあり、しかも、その表Ⅰ(別紙一参照)から実施例2(後に補正により削除した。)のアニオン性の変性ポリアクリルアミド樹脂を用いたものも硫酸バン土(これは自明の凝集剤としてよく知られている。)の添加率を少し高くすれば(本願発明のサイズ剤にかかわらず)優れたサイズ度を示し、加えて表Ⅱ(別紘二参照)では優れた破裂強度を示すことが明記されていたこと、そして、本願明細書全体をみても、アニオン性のものが決定的に劣り、カチオン性のものでなければならないという論理的必然性を示す技術事項を見出すことができない以上、本願発明は、イオン性の変性ポリアクリルアミドであればよしとする発明であると解釈せざるを得ない。

以上のとおり、本願発明の出願の経緯とカチオン柱のものとアニオン性のものとにおいて作用効果に格段の差異が認められないことによれば、本願発明のように、保護コロイドとして、引用例のアニオン変性ポリアクリルアミドに代えて(引用例中にはカチオン性のものを用いる旨の示唆もある。)、両性若しくはカチオン変性ポリアクリルアミドを用いることは、当業者が容易に推考しうるものといわざるを得ない。

したがつて、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の引用例の記載内容の認定、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点の認定は認めるが、相違点に対する判断は争う。

審決は、本願発明の数値限定を看過し、さらに本願発明の技術的意義及び引用例記載の技術内容の認定を誤つて相違点に対する判断を誤り、もつて本願発明の進歩性を誤つて否定したものであり、違法であるから取消しを免れない。

1  本願発明の数値限定の看過

本願発明は、主成分として約二二ないし五〇重量%の強化ロジンと約二ないし二〇%の両性若しくはカチオン性ポリアクリルアミド樹脂又は両性若しくはカチオン性ポリアクリルアミド樹脂と、さらに水とを含んで成るロジン系エマルジヨンサイズ剤であり、強化ロジンは約二二ないし五〇重量%と、樹脂成分は約二ないし二〇重量%とそれぞれ数値限定が付されている。

本願明細書の実施例1ないし6に記載されたサイズ剤の強化ロジン及び樹脂成分の配合量はすべて右数値の範囲内のものであるが、実施例は、特許出願人が最良の結果をもたらすと思うものを掲げるものであり(平成二年通商産業省令第四一号による改正前の特許法施行規則第二四条様式一六備考一四ロ)、右実施例も、その数値の範囲内のものが本願発明の目的を達成する優れた効果を生じるとして掲げられたものである。

審決は、本願発明に前記の数値限定が付されているにもかかわらず、その意義について何らの判断も加えず、本願発明の技術内容を正確に把握することなく、引用例記載の発明から当業者が発明をすることが容易であると判断したものであり、違法である。

これに対し、被告は、本願明細書においては数値限定を付した技術的意義については記載されておらず、また、本願発明の数値はサイズ剤における強化ロジン及び安定化のための樹脂成分の配合量としてともに業界で通常用いられているものであるとし(乙第一号証ないし第三号証)、その点で引用例記載の発明とも一致するとして一致点認定に含ましめた旨主張する。

しかし、そのことは審決には何ら記載されていないので、これは、本願発明の特許を拒絶するについての新たな理由とも言うべきものであるから、本訴において主張することは許されない。

また、被告が提出した乙第一号証ないし第三号証のうち、乙第二号証及び第三号証は本願発明で限定した数値が業界で通常用いられるものであることを証明するものではない。

乙第二号証(昭和五〇年特許出願公開第四三二〇二号公報)のアルキルベンゼンスルホン酸アルカリ金属塩の使用量は〇・〇一ないし三・六重量%、好ましくは〇・〇一ないし一・八重量%(二頁左下欄二行ないし四行、右下欄六行ないし八行)とされており、また、乙第三号証(昭和五三年特許出願公開第五八〇〇六号公報)のオリゴマーの使用量は〇・〇〇二五ないし六重量%、好ましくは〇・〇〇五ないし一・八重量%(一〇頁左上欄下から三行、四行、一一頁右下欄二行ないし四行)とされている。しかし、乙第二号証のアルキルベンゼンスルホン酸アルヵリ金属塩は本願明細書では乳化剤とされているものであり、一般には界面活性剤といわれているものであつて、本願発明で使用している樹脂ではない。また、乙第三号証のオリゴマーも本願発明で使用している高分子量の樹脂とはいい難く、その好ましい使用範囲も本願発明の範囲外である。

このように、被告が提出した三つの証拠のうち二つまでが本願発明の限定した数値が業界で通常用いられているものであることの証拠とはならないものであることからすると、本願発明の限定した数値が業界で通常用いられている数値であるとはいえないことを示しているというべきである。

2  相違点に対する判断の誤り

(一) 審決は、本願発明の出願の経緯と本願明細書から、本願発明はイオン性の変性ポリアクリルアミドであればよしとする発明であると認定し、もつて引用例のアニオン変性ポリアクリルアミドに代えて両性若しくはカチオン変性ポリアクリルアミドな用いることは当業者が容易に推考しうるものと判断している。

しかし、右の認定は、本願発明の第一義的な技術的課題(目的)が中性領域におけるサイズ度を高めることにあることを看過してされたものであり、誤りである。

平成一年一〇月一七日付手続補正書による補正後の本願明細書には、「近年製紙業界においては、紙力増強および印刷適性などの向上の目的から、抄紙時のpHを酸性側から中性系へ移行させつつあるが(略)、中性に近い抄紙系では優れたサイズ効果が得られないので、止むを得ず、有る程度のサイズ度の低下があつても、これに甘んじているのが現状であり、これらを除く他の公知のサイズ剤を使ってサイジングを行うときも紙の強度の低下を招くものであることも良く知られた事実である。(略)

しかるに、本発明者らはサイズ剤添加に伴うこうした紙の強度の低下も少なく、酸性抄紙系はもとより、とくに中性に近い抄紙系においても充分なサイズ効果を与える新規にして有用なるサイズ剤を見出すべく鋭意研究の結果、酸性から中性に及ぶ広いpH領域における抄紙系で、従来のロジン系サイズ剤では見られなかつた卓越したサイズ効果を発揮するばかりではなく、加えて紙の強度の向上にもすぐれた効果を示すサイズ剤として、両性もしくはカチオン性ポリアクリルアミド樹脂または両性もしくはカチオン性ポリアクリルアミド樹脂で熱処理され安定化されたロジン系エマルジヨンサイズ剤を見出して、本発明を完成するに至つた。」(昭和六二年三月三〇日付手続補正書三頁一六行ないし四頁一九行、平成一年一〇月一七日付手続補正書二頁九行ないし一四行)と記載されていることから明らかなとおり、酸性抄紙系はもとより、とくに中性に近い抄紙系においても充分なサイズ効果を発揮するサイズ剤を提供することが、本願発明の第一義的な目的である。

審決は出願の経緯として、補正により削除される前の表Ⅰの実施例2のアニオン変性ポリアクリルアミド樹脂を用いたものも凝集剤として周知の硫酸バン土の添加率を少し高くすれば優れたサイズ度を示し、加えて表Ⅱでは優れた破裂強度を示すことが明記されていたことを挙げている。

しかし、表Ⅰに硫酸バン土の添加率の高い場合をも示したのは、このような硫酸パン土が高い酸性領域においてもサイズ剤として使用できることを示した、いわば第二次的な効果にすぎないものである。

そして、硫酸パン土の添加率の低い中性領域において本願発明のサイズ剤が優れたサイズ効果を発揮することは本願明細書の表Ⅰ(補正による削除前の実施例2を含めてグラフにしたのが甲第六号証である。)から明らかである。

審決は、本願発明の第一義的な技術的課題(目的)が中性に近い抄紙系においても充分なサイズ効果を発揮するサイズ剤を提供するという点にあり、また、本願発明のサイズ剤が中性領域においてアニオン性のポリアクリルアミドのサイズ剤より顕著なサイズ効果を発揮するものであることを看過し、硫酸パン土の添加率の高い、酸性抄紙系におけるサイズ効果に着目し(この条件においても本願発明は旧実施例2のものと同等の効果を発揮するものである。)、アニオン性のものとカチオン性のものとで効果に格別の差異はなく、本願発明はイオン性の変性ポリアクリルアミドであればよしとする発明であると誤つて認定したものである。

(二) また、審決は、保護コロイドとして両性又はカチオン性ポリアクリルアミドを用いることは当業者が容易に推考することができることの根拠の一つとして、引用例中には「カチオン性のもの」を用いる旨の示唆もあることをあげている。

審決が「カチオン性のもの」といつているのは、ポリアクリルアミドポリエチレンイミン反応物のエピクロルヒドリン変成物(以下「引用例記載の変成物」という。)のことであるが、これは引用例に「カチオン性アミノ樹脂」として例示されているものであり、その構造は明らかではないが、アミノ樹脂とは化学大辞典1(甲第七号証)の記載する「アミノ基を含む化合物とアルデヒドの縮合反応によつて得られる樹脂」であるとすると、ホルムアルデヒドとの反応物であつて、本願発明のポリアクリルアミドとは異なるものである。

これに対し、被告は、審決は引用例記載の変性物が何かを問題とはせず、単に「カチオン性」の点を引用しただけである旨主張する。

しかし、カチオン性の物質は広範囲に存在するものであるから、この「カチオン性」という点のみからカチオン性のポリアクリルアミドを想到することが容易であるということはできない。

むしろ、引用例にはアニオン性のポリアクリルアミドが明記されながら、カチオン性のポリアクリルアミドは示さず、カチオン性のものとしてその構造が明らかとはならない複雑な物質の引用例記載の変成物が記載されていることからすると、引用例からはカチオン性のポリアクリルアミド(両性のポリアクリルアミドも同様)を使用できることは全く予測できないことである。

したがつて、引用例にカチオン性の引用例記載の変性物が開示されていることから、保護コロイドとして引用例のアニオン変性ポリアクリルアミドに代えて両性又はカチオン変性ポリアクリルアミドを用いることは当業者が容易に推考しうるものであるとした審決の判断は誤りである。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  本願発明の数値限定の看過について

原告の主張する本願発明の数値限定については、本願明細書にもこれを付したことの技術的意義については何らの説明はなく、本願発明においてこの数値限定が格別の意味を有するとみることはできない。

原告は、実施例における強化ロジン及び樹脂成分の配合量はすべて右数値の範囲内のものである旨主張するが、実施例においては、樹脂成分の配合量はたかだか七%程度であり、実施例の大部分は二ないし三%(各実施例の記載された固形物含有量と、それに対する変性ポリ(メタ)アクリルアミド含量から算出)であつて、特許請求の範囲で限定された「約二ないし二〇重量%一のごく一部が示されているにすぎず、この範囲内の効果すら十分に裏付けられてはいない。まして、この数値の範囲内とすることにより、範囲外のものと比して作用効果上どのような差異が生ずるのかという限定範囲の臨界性を確認しうる根拠は本願明細書からは見出せない。したがって、単にその範囲に含まれる実施例が本願明細書に記載されていることをもつて、直ちに右数値限定の技術的意義が明らかであるとすることはできないものである。

そして、その数値限定にかかる配合量は、サイズ剤における強化ロジン及び安定化のための樹脂成分の配合量として、ともに当業界で通常用いられている範囲のものである(乙第一号証ないし第三号証)。

また、引用例に記載されたエマルジヨンサイズ剤においてもこれらの成分の配合量については特に記載はないが、これは、このような通常の配合量で使用されているからである。

このように、本願発明のサイズ剤も引用例のサイズ剤も、その強化ロジン及び安定化のための樹脂成分の配合量は通常使用されている程度のものであるから、審決は、本願発明と引用例記載の発明とな「主成分として強化ロジンと、変性ポリアクリルアミド樹脂と、さらに水とを含んで成るロジン系エマルジヨンサイズ剤である点で一致」するものと認定し、これを一致点の認定に含ましめているものである。

したがつて、審決は本願発明の特許請求の範囲に原告主張の数値限定があることを看過したものではなく、その技術的意義を検討の上、これを引用例記載の発明との相違点ではなく、一致点と認定したものであり、そこに何らの誤りはない。

2  相違点に対する判断の誤り

(一) 本願発明は、特許請求の範囲においてpH領域等その使用条件が限定されているものではないところ、本願発明は、確かに、pHの高い中性領域においてはアニン性ポリアクリルアミド樹脂を用いたサイズ剤より優れたサイズ効果を示すものの、酸性領域においてはそれと効果において差異はない。甲第二号証(出願当初の明細書)の表Ⅰによれば、硫酸バン土の添加量の多い酸性領域(pH四・五)では、樹脂成分として両性又はカチオン性ポリアクリルアミド(又はポリメタクリルアミド)樹脂を用いた場合のサイズ効果は、該成分としてアニオン性ポリアクリルアミド樹脂を用いたもの(実施例2)と同程度であることを示していた。

したがつて、本願発明のサイズ剤は、使用される全てのpH領域において引用例記載のサイズ剤に比し優れたサイズ効果を発揮するものではなく、本願発明は、発明全体として顕著な作用効果を有するものではないというべきである。

(二) 審決は、引用例記載の変性物そのものからカチオン性のポリアクリルアミドが示唆されている旨認定しているものではない。

引用例には、保護コロイドとして「ポリアクリルアミドポリエチレンイミン反応物のエピクロルヒドリン変性物などのカチオン性アミノ樹脂があげられる」と明記されており、保護コロイドとしてカチオン性樹脂を用いることが開示されているが、審決は、引用例のこの記載を念のため参酌して、引用例に記載されているアニオン性ポリアクリルアミドに代えてカチオン性ポリアクリルアミドを用いることは当業者が容易に推考しうるものであることをいつているのであるから、この点についての審決の判断に誤りはない。

なお、被告は、アミノ樹脂は「アミノ基を含む化合物とアルデヒドの縮合反応によつて得られる樹脂」(甲第七号証)であるから、引用例記載の変性物は、ポリアクリルアミドと、ポリエチレンイミンの反応物とエビクロルヒドリンの反応物であるとともにホルムアルデヒドとの反応物でもあることになる旨主張するが、アミノ樹脂の厳格な定義は原告主張のとおりであるか、アミンを含有する樹脂程度の意味で用いられることもあり、また、引用例記載の変性物の名称から、それはアクリルアミド、エチレンイミン及びエビクロルヒドリンからの樹脂であることを示しているのであるから、引用例記載の変性物が原告主張のようにホルムアルデヒドとの反応物であるとはいえないものである。

第四  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(審決の理由の要点)は当事者間に争いかない。

また、引用例に審決認定の記載があること、本願発明と引用例記載の発明とに審決認定の一致点及び相違点があることは当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決の取消事由の有無について判断する。

一  成立に争いのない甲第三号証(昭和六二年三月三〇日付手続補正書)及び甲第四号証(平成一年一〇月一七日付手続補正書)によれば、本願明細書には本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果として以下のように記載されていることを認めることができる。

1  技術的課題(目的)

本願発明は、新規にして有用なるロジン系エマルジヨンサイズ剤に関し、さらに詳細には、主成分として強化ロジン、両性もしくはカチオン性(メタ)アクリルアミド樹脂および水を含んで成るサイズ剤に関するものであり、紙に対上著しく改善されたサイズ効果を付与し、併せて紙の強度をも向上させることができる、それ自体著しく安定化されたサイズ剤を提供するものである。

従来、製紙用サイズ剤としてはロジン系サイズ剤、主成分としてケテンダイマーを含むサイズ剤、あるいは石油樹脂系サイズ剤が主として用いられており、かかるロジン系サイズ剤としてはケン化型(溶液型)サイズ剤が古くから使用されてきているが、この種のものは硫酸バン土を過剰に併用する、いわゆる酸性抄紙系において、水温が高い系においてはサイズ度が著しく低下するし、またこの硫酸バン土の添加率の少ない中性に近い抄紙系でもやはりサイズ効果の悪化することが知られている。

そこで、かかるケン化型ロジン系サイズ剤の前記の如き本質的な欠点を改良すべく見出されたのがエマルジヨン型ロジン系サイズ剤であつて、最近ではこうしたエマルジヨン型に移行しつつあるが、これとても中性に近い抄紙系で用いる場合には、硫酸バン土に加えて、さらに歩留り向上剤としての高分子有機カチオン性物質をも併用しなければ充分なサイズ効果が発揮されないというのが現状である。

また、代表的な中性抄紙用サイズ剤として知られる、アルキルケテンダイマーを主成分とするエマルジヨン型サイズ剤にしても、やはり高価な高分子有機カチオン性の歩留り向上剤の併用から解放されずに依然として該向上剤の併用は必須の条件となつており、しかも前紀のロジン系サイズ剤と異なつて、水温には無関係に、硫酸バン土を使用する酸性抄紙系で特にサイズ効果か劣るという欠点がある。

さらに、前記した石油樹脂系サイズ剤、とりわけケン化型石油樹脂系サイズ剤に至つては、前記のケン化型ロジン系サイズ剤と同様、中性に近い抄紙系ではサイズ効果が低下するので、専ら酸性紙系でのみ用いられているにすぎない。

このように、従来公知のサイズ剤を用いる限り、酸性から中性に及ぶ広いpH領域において満足しうるサイズ効果を得ることは困難であるというのが現状である。

ところで、近年製紙業界においては、紙力増強及び印刷適性などの向上の目的から、抄紙時のpHを酸性側から中性系へ移行させつつあるが、前述したように、ケン化型ロジン系はもとより、エマルジヨン型ロジン系サイズ剤にしても、中性に近い抄紙系では優れたサイズ効果が得られないので、止むを得ず、ある程度のサイズ度の低下があつても、これに甘んじているのか現状であり、これらを除く他の公知のサイズ剤を使つてサイジングを行うときも紙の強度の低下を招くこともよく知られた事実である。

本願発明は、サイズ剤添加に伴うこうした紙の強度の低下も少なく、酸性抄紙系はもとより、とくに中性に近い抄紙系においても充分なサイズ効果を与える新規にして有用なるサイズ剤を提供することを技術的課題(目的)とする(昭和六二年三月三〇日付手続補正書別紙一頁一一行ないし四頁一九行、平成一年一〇月一七日付手続補正書二頁五行ないし八行)。

2  構成

本願発明は、前項記載の技術的課題(目的)を達成するため、その要旨(特許請求の範囲記載)の構成を採用した(平成一年一〇月一七日付手続補正書二頁二行ないし四行、別紙四行ないし九行)。

本願発明のサイズ剤を構成するアクリルアミド系樹脂とは、数平均分子量が一〇〇万以下、好ましくは二・五ないし五〇万であるアニオンとカチオンとの両イオン性を併せ有した、いわゆる両性もしくはカチオン性ポリアクリルアミド樹脂、または両性もしくはカチオン性ポリメタクリルアミド樹脂を指称するものである。さらに場合によつては非イオン性のものであつても良いが、好ましくはカチオン性か両性かの何れかである(昭和六二年三月三〇日付手続補正書別紙八頁七行ないし一六行、平成一年一〇月一七日付手続補正書三頁七行ないし一六行)

3  作用効果

本願発明のサイズ剤は、前項の構成を採用することにより、酸性抄紙系はもとより、とりわけ中性に近い抄紙系において充分なサイズ効果を発揮するので、酸性から中性にかけての広範なpH領域に亘る抄紙系で、従来のロジン系サイズ剤には見られなかつたような卓越したサイズ効果を発揮し、さらに、紙の強度の向上にも優れた効果を発揮するものである。

したがつて、本願発明のサイズ剤の利用範囲は極めて広く、従来のロジン系サイズ剤では到底利用しえなかつた分野、たとえば炭酸カルシユウムを添加して抄紙系のpHを七に調節した特殊な系などにおいてもまた、顕著な効果を奏するものである(昭和六二年三月三〇日付手続補正書一七頁一八行ないし一八頁九行)。

二  本願発明の出願の経緯

成立に争いのない甲第二号証(特許願書)、前掲甲第三号証及び甲第四号証によれば、以下の事実を認めることができる。

1  出願当初の本願明細書の特許請求の範囲には「主成分として、約五ないし五〇重量%の強化ロジンと、約二ないし二〇重量%の変性ポリアクリルアミド樹脂または変性ポリメタクリルアミド樹脂と、さらに水とを含んで成るロジン系エマルジヨンサイズ剤」(一頁五行ないし九行)と、発明の詳細な説明には「本願発明のサイズ剤を構成する前記アクリルアミド系樹脂とは、数平均分子量が一〇〇万以下、好ましくは二・五ないし五〇万である変性ポリアクリルアミド樹脂または変性ポリメタクリルアミド樹脂を指称するものであり、そのイオン性はアニオン性、カチオン性あるいはアニオンとカチオンの両イオン性を併せ有したいわゆる両性のもの、さらに場合によつては非イオン性のものであつても良いが、好ましくはヵチオン性か両性かのいずれかである。一(九頁五行ないし一二行)と記載されていた。また、本願発明におけるサイズ度の試験においては、インキの浸透により紙の最初の光反射率の八〇%の値まで反射率が下がるに要する時間を測定して秒の単位をもつてサイズ度としたものであること(三九頁八行ないし一四行)、そして、本願発明の両性又はカチオン性のポリアクリルアミドを使用したサイズ剤(実施例1、3ないし7)及び引用例と同様のアニオン性のポリアクリルアミドを使用したサイズ剤(実施例2)について、pH六・五(中性領域)とpH四・五(酸性領域)において、それぞれサイズ剤を〇・三%及び〇・五%添加した場合のサイズ度を試験した結果は表Ⅰとおりとなつた旨(二一頁一行ないし四〇頁)が記載されていた。

2  昭和六二年三月三〇日付手続補正書により明細書は全文補正されたが、前項において認定した記載については変更されていない。

3  平成一年一〇月一七日付手続補正書により、特許請求の範囲に変性ポリアクリルアミド樹脂又は変性ポリメタクリルアミド樹脂につきそれが「両性もしくはカチオン性」のものとするとの限定が付され、樹脂成分のイオン性について、発明の詳細な説明には前一2で認定したとおりの記載に変更し(すなわち、アニオン性のものを削除した。)、表Ⅰからアニオン性ポリアクリルアミド樹脂に係る実施例2が削除された。

三  本願発明の数値限定の看過について

まず、原告は、本願発明は、強化ロジンは約二二ないし五〇重量%、樹脂成分は約二ないし二〇重量%と、それぞれ数値限定を付しているにもかかわらず、審決はそれを看過した旨主張する。

しかし、本願明細書には右数値限定の技術的意義については何ら記載されていない。

前掲甲第四号証によれば、本願明細書の実施例1ないし6には、それぞれ強化ロジン(最小は実施例3の約二二・九%、最高は実施例4の約四二・三%)、樹脂成分(最小は実施例1及び3の約二・一%、最高は実施例6の約二・八%)につきそれぞれ前記数値限定の範囲内のものが記載されていることが認められる。

これからは、出願人が右実施例に記載された数値のものが本願発明の目的を達成する優れた効果を発揮するものと考えたことは窺えるものの、これによつてはその数値限定の臨界的意義、即ち、その数値の範囲内のものと範囲外のものとでサイズ効果についてどのような差異が生ずるかについては一切明らかにはならないものである。

そして、以下のとおり、右限定された数値はサイズ剤において通常用いられている配合量の範囲のものである。

成立に争いのない乙第一号証(昭和五〇年特許出願公開第三六七〇三号公報)によれば、同公報は、名称を「安定なロジン分散物一とする発明に係るものであるが、その特許請求の範囲には、「(1)重量で(A)約五%ないし五〇%の強化ロジンと、(B)約〇・五%ないし約一〇%の水溶性陽イオン型樹脂分散剤と、(C)それを一〇〇%とする水とから本質的になり、かつ成分Bを(Ⅰ)水溶性ポリアミノポリアミドーエピクロルヒドリン樹脂と、(Ⅱ)水溶性アルキレンポリアミンーエピクロルヒドリン樹脂と(Ⅲ)水溶性ポリ(ジアリルアミン)ーエピクロルヒドリン樹脂とからなる群から選ぶ、水性の強化ロジン分散物。(2)重量で(A)約一〇%ないし五〇%の強化ロジンと、(B)約一%ないし約八%の水溶性陽イオン型樹脂分散剤と、(C)一〇〇%とする水とから本質的になり、かつ成分Bを(Ⅰ)水溶性ポリアミノポリアミドーエピクロルヒドリン樹脂と、(Ⅱ)水溶性アルキレンポリアミンーエピクロルヒドリン樹脂と(Ⅲ)水溶性ポリ(ジアリルアミン)ーエピクロルヒドリン樹脂とからなる群から選ぶ、水性の強化ロジン分散物。」(一頁右下欄五行ないし左下欄一行)と記載されていることが認められる。

また、成立に争いのない乙第二号証(昭和五〇年特許出願公開第四三二〇二号公報)によれば、同公報は、名称を「ロジン水性分散液およびその製法」とする発明に係るものであるが、その発明の詳細な説明には、「ロジン物質は分散物の総重量に基づいて一ないし六〇重量%好ましくは三〇ないし四五重量%の量で存在する。」(二頁左下欄二行ないし四行)、「アルキルベンゼンスルホン酸アルカリ金属塩は本発明の新規な分散物中のロジン物質を安定化するに充分な量で存在する。(略)一般にロジン物質の重量に基づいて一ないし約六%好ましくは一ないし三重量%の量で存在する。一(同頁右下欄二行ないし八行)と記載されていることが認められる。

更に、乙第三号証(昭和五三年特許出願公開第五八〇〇六号公報)によれば、同公報は、名称を「ロジン物質の水性エマルジヨン一とする発明に係るものであるが、その発明の詳細な説明には、「本発明における上記オリゴマー又はそのアルカリ塩(以下単に乳化剤ということがある)の使用量は、乳化すべきロジン物質に対して通常〇・二五ないし一〇重量%好ましくは〇・五ないし三重量%の範囲とする。」(一〇頁左上欄一〇行ないし一四行)、「かくして得られる本発明の水性エマルジヨンは一ないし六〇重量%好ましくは三〇ないし四五重量%のロジン物質、ロジン物質に対して〇・二五ないし一〇重量%好ましくは〇・五ないし三重量%の乳化剤を含有するように調整されるのが好ましく一(一一頁右下欄二行たいし六行)と記載されていることが認められる。

右のとおり、右各公報に係る発明において用いられるロジン物質及び安定化剤の配合量は本願発明のそれと重なり合うものであり、本願発明の数値限定に係る配台量はサイズ剤において通常用いられる配合量であるというべきである。

なお、原告は、乙第二号証のアルキルベンゼンスルホン酸アルカリ金属塩は本願明細書においては乳化剤とされているものであり、本願発明の樹脂成分とは異なり、また、乙第三号証のオリゴマーも本願発明で使用している高分子量の樹脂とは異なる旨主張する。しかし、それらの物質はともに本願発明の樹脂成分と同じくエマルジヨンサイズ剤の安定化のために用いられるものであるから、この配合量をも一つの資料として、サイズ剤における安定化のための樹脂成分の通常の配合量を認定することは不適当ということはできない。

以上のとおり、本願発明の数値限定の技術的意義は本願明細書において何ら明らかにされてはおらず、また、その限定に係る数値はサイズ剤における通常の配合量である。

審決は、本願発明の数値限定の意義については何ら明示の判断を加えてはいない。

しかし、審決は、本願発明の要旨においては右数値限定か付されたものであることは正しく認定しているのであり、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点の認定に当たつて数値限定の点に触れていないだけであること、及び成立に争いのない甲第五号証(引用例)により、引用例記載の発明においてもノニオン性又はアニオン性ポリアクリルアミドの使用量については具体的に記載されておらず、通常の使用量を配合するものと認められることからすると、審決は決して本願発明の数値限定の点の実質的な判断を遺漏したものではなく、それについて実質的な判断を加えた上、数値限定には特別の技術的意義かないとして、本願発明が引用例記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるか否かの判断に関係がないと判断したことによるものと認めることができる(被告の、審決は、本願発明と引用例記載の発明とは強化ロジン及びポリアクリルアミド樹脂の配合量についてこれを普通の使用範囲とする点で一致するとして、一致点の認定に含ましめた旨の主張も、実質的には同じであるということができる。)。

特許請求の範囲に記載された数値限定の技術的意義が明らかではなく、また、それが通常使用される数値のものであるとしても、審決が本願発明の進歩性の判断をするに当たつては、一応その点について明示の判断は下すべきものであつたというべきである。しかし、審決が、本願発明の数値限定に特別の技術的意義がないとして、本願発明の進歩性の判断において関係がないと判断したこと自体に誤りはなく、また、審決の理由から審決がそのように判断したことを理解することはできるものであるから(これは審決の客観的解釈の問題であり、本訴において初めて主張される拒絶理由ではない。)、審決の理由の記載方法に妥当でないところがあつたとはいえ、この点は何ら審決を違法ならしめるものではないというべきである。

したがつて、本願発明の数値限定の看過をいう原告の主張は理由がない。

四  相違点に対する判断の誤りについて

1  まず、原告は、審決は、本願発明の第一次的な技術的課題(目的)が中性に近い抄紙系においても充分なサイズ効果を発揮するサイズ剤を提供するという点にあり、樹脂成分を両性又はカチオン性のものとすることによつてその技術的課題(目的)を達成できたことを看過し、本願発明のカチオン性のポリアクリルアミド樹脂とアニオン性のポリアクリルアミド樹脂とで作用効果において格別の差異はなく、本願発明はイオン性のポリアクリルアミドであればよしとする発明であると判断したことの誤りをいう。

本願発明の技術的課題(目的)は、前一1認定のとおり、従来のサイズ剤が中性抄紙系においては充分なサイズ効果を発揮できなかつたことに鑑み、酸性抄紙系はもとより、中性抄紙系においても充分なサイズ効果を発揮するサイズ剤を提供することにあるものであり、前記の二回にわたる補正にもかかわらず、この技術的課題(目的)は、当初より変更はない。

平成一年一〇月一七日付手続補正書により実施例2が削除される前の表Ⅰによれば、硫酸バン土の添加率が〇・五%と少なく、pHが六・五の中性領域においては、サイズ剤の添加率〇・三%の場合で、アニオン性の樹脂を用いた実施例2のもののサイズ度は六三秒であるのに対し、本願発明のものは、最低で七二秒(実施例5)、最高で九一秒(実施例3)であり、サイズ剤の添加率〇・五%の場合で、実施例2のもののサイズ度は一二八秒であるのに対し、本願発明のものは最低で一五三秒(実施例5)、最高で一九五秒(実施例3)である。また、硫酸バン土の添加率が二・五%と高く、pHが四・五の酸性領域においては、サイズ剤の添加率〇・三%の場合で、アニオン性の樹脂を用いた実施例2のもののサイズ度は一六二秒であるのに対し、本願発明のものは最低で一四二秒(実施例3)、最高で一七一秒(実施例7)であり、サイズ剤の添加率〇・五%の場合で、実施例2のもののサイズ度は二六〇秒であるのに対し、本願発明のものは最低で二一一秒(実施例5)、最高で二七〇秒(実施例4)である。

右によれば、酸性領域においては、本願発明の両性又はカチオン性のサイズ剤は実施例2のアニオン性のサイズ剤とサイズ効果において格別の差異はないが、中性領域においては、本願発明のものは、実施例2のものよりサイズ効果が優れているということができる(本願発明のもので最も効果の低い実施例5のものと比較した場合、その差は、サイズ剤添加率〇・三%の場合で九秒、サイズ剤添加率〇・五%の場合で二五秒の差である。)。

本願発明においてはサイズ剤を使用するpH条件は限定されていないので、その効果は、酸性領域と中性領域の双方の領域において評価されなければならないから、本願発明のサイズ剤は、酸性領域ではアニオン性のものと同等のサイズ効果を発揮し、中性領域ではアニオン性のものよりも優れたサイズ効果を発揮するという程度では本願発明のサイズ剤の奏する作用効果が、引用例記載の発明からは予測しえない顕著な作用効果であるとはいえない。しかし、pH条件の広い範囲でアニオン性のものと同等またはそれ以上のサイズ効果を発揮するという点でアニオン性のものより優れていると評価できる以上、本願発明が樹脂成分を限定したことの技術的意義を判断するに当たつては、意味のある作用効果であり、両性又はカチオン性のものはアニオン性のものと格別の効果の違いはないものとして、無視することはできない。

そして、前二認定のとおり、平成一年一〇月一七日付手続補正書による補正前においては、明細書には本願発明は保護コロイドのイオン性は、好ましくは両性又はカチオン性のものとされているものの、アニオン性のものでもよい旨記載されており、その効果を示す表Ⅰにはアニオン性のものの効果を示す実施例2が記載されていたが、同補正により、特許請求の範囲において両性またはカチオン性のものとの限定が付され、表Ⅰからは実施例2か削除され、前一認定のとおりの技術的課題(目的)、構成及び作用効果の記載となつたものである。

すなわち、本願発明は、特に中性領域において優れたサイズ効果を発揮するサイズ剤を提供するという技術的課題(目的)を達成するため、その効果を発揮するのに好ましいものとされていた両性又はカチオン性のものを必須の構成要件とし、その効果の低いアニオン性のものを排除したものである。

そうであれば、本願発明においては、樹脂成分を両性又はカチオン性のものとすることに技術的意義があることは明らかである。

しかるに、審決は、両性もしくはカチオン性のものとアニオン性のものとで効果に差異はないとし、本願発明はイオン性のポリアクリルアミドであればよしとする発明であると解釈せざるを得ないと判断し、両性又はカチオン性のものを採用することの技術的意義を認めなかつたのは誤りというべきである。

2  前記審決の理由の要点によれば、審決は、本願発明が引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの結論を導く理由付けとして、前記1のとおり、「本願発明は、イオン性の変性ポリアクリルアミドであれば良しとする発明であると解釈せざるを得ない。」と判断した上、「以上、述べたとおり、本願発明の経緯、並びに作用効果において格段の差異が認められない以上、本願発明のように、保護コロイドとして引用例のアニオン変性ポリアクリルアミドに代えて(引用例中にはカチオン性のものを用いる旨の示唆もある。)、両性若しくはカチオン変性ポリアクリルアミドを用いることは、当業者が容易に推考しうるものといわざるを得ない。」との判断を示している。

審決の右判断の括弧書中における「引用例中にはカチオン性のものを用いる旨の示唆もある」との記載は、簡略にすぎて明確でないが、審決が引用例には「カチオン性のものとして、ポリアクリルアミドポリエチレンイミン反応物のエビクロルヒドリン変性物が記載されている」(審決書三頁一行ないし四行)と認定した上、引用例記載の発明に基づく本願発明の容易推考性の判断の結論を示すに当たり記載されたものであることに照らすと、本願発明かイオン性の変性ポリアクリルアミドであれば良しとする発明であると解釈できないとしても、本願発明のように、保護コロイドとして引用例のアニオン変性ポリアクリルアミドに代えて、両性若しくはカチオン変性ポリアクリルアミドを用いることは、引用例の記載の示唆するところに基づいて当業者が容易に推考しうることと判断したものと解さざるを得ない。

この点について、原告は、審決が保護コロイドとして引用例のアニオン変性ポリアクリルアミドを用いることは当業者が容易に推考することができることの根拠の一つとして挙げている引用例の「カチオン性のもの」との記載は、引用例記載の変性物、すなわちポリアクリルアミドポリエチレンイミン反応物のエビクロルヒドリン変性物のことであり、その構造は明らかでないが、アミノ樹脂とは化学大辞典1(甲第七号証)の記載する「アミノ基を含む化合物とアルデヒドの縮合反応によつて得られる樹脂」であるとすると、ホルムアルデヒドとの反応物であつて、本願発明のポリアクリルアミドとは異なるものである旨主張する。

前掲甲第五号証によれば、引用例には、「乳化剤としては、(中略)、保護コロイドとしては、ポリビニルアルコール、(中略)ポリアクリルアミドポリエチレンイミン反応物のエビクロルヒドリン変性物等のカチオン性アミノ樹脂があげられる」(四頁右上欄一二行ないし二九行)と記載されていることが認められる。

右記載事項によれば、引用例記載の変性物は、ポリアクリルアミドとポリエチレンイミンとを反応させ、その生成物にエビクロルヒドリンを反応させ、その生成物の性質を変性させたものという意味に理解することができる。

原告は、甲第七号証を引用して、この変性物はアルデヒドの縮合反応物であると主張するが、ポリエチレンイミンやエビクロルヒドリンのような反応に関与する化合物が具体的に記載されているのに同じく反応に関与するアルデヒドが引用例の当該箇所に具体的に記載されていないのは不自然であり、化合物の記載方法として通常なされる方法に適合しないから、この変性物をもつて原告主張のようなアルデヒドの縮合反応物ということはできない。

一方、前掲甲第三号証及び第四号証によれば、「ポリアクリルアミド」という用語について、本願明細書には、一般式(Ⅲ)ないし(Ⅳ)で示されるカチオン性単量体を共重合するか、あるいはこのような単独または共重合体に、さらに他の単量体を加えた多元性共重合体に、カチオン性官能基を導入せしめる方法(これは変性に他ならない。)等によつてもよい(八頁一六行ないし一四頁七行)と記載されていることが認められるから、本願発明のカチオン性ポリアクリルアミド樹脂はポリアクリルアミド共重合物ないし変性物を含む種々の化合物を広く含むものということができる。

右認定事実によれば、引用例記載のポリアクリルアミドポリエチレンイミン反応物のエビクロルヒドリン変性物(これはポリアクリルアミドの変性物に他ならない。)等のカチオン性アミノ樹脂は本願発明のカチオン性ポリアクリルアミド樹脂に含まれるものであり、引用例は当該変性物かカチオン性ポリアクリルアミド樹脂に含まれることを明示していない点で本願発明と引用例記載の発明とは同一とはいえないまでも、当業者であれば、引用例は少なくとも保護コロイドとしてカチオン性ポリアクリルアミド樹脂を使用できることを示唆していると理解できるというべきである。

したがつて、当業者は引用例記載のロジンエマルジヨンの安定化剤としてそのイオン性がカチオン性のものも当然使用できると理解するから、それを構成するポリマーの基本となる骨格がポリアクリルアミドであつて、そのイオン性かカチオン性のものも使用可能と理解するものであり、してみると、審決が、引用例記載のアニオン変性ポリアクリルアミドに代えて、カチオン性ポリアクリルアミドを用いることは、引用例の記載の示唆するところに基づいて当業者か容易に推考しうることと判断したことに誤りはない。

五  以上のとおりであるから、審決には、本願発明の数値限定の看過及び相違点の判断の誤りは存しない。

第三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙一

表Ⅰ 処理紙のサイズ度

硫酸バン土添加率 (%) 0.5 2.5

抄紙 pH 6.5 4.5

サイズ剤添加率 (%) 0.3 0.5 0.3 0.5

例 サイズ度(秒)

実施例 1 80 162 151 225

2 63 128 162 260

3 91 195 142 238

4 89 176 165 270

5 72 153 145 211

6 86 181 164 264

7 81 170 171 246

比較例 1 48 97 79 144

2 53 100 83 147

3 52 98 76 136

4 9 13 53 87

別紙二

表Ⅱ 処理紙の破裂強度

硫酸バン土添加率(%) 0.5 2.5

抄紙 pH 6.5 4.5

サイズ剤添加率(%) 0.5

例 破裂強度

実施例 1 2.41 2.21

2 2.39 2.20

3 2.52 2.25

4 2.41 2.16

5 2.37 2.19

6 2.43 2.17

7 2.39 2.15

比較例 1 2.01 1.96

2 1.98 1.81

3 1.95 1.79

4 1.76 1.56

未処理紙 2.35

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